2017.11.11 ポッキーの日? チンアナゴの日?(笑)に山梨方面へ出かけました。またまた神社巡りでっせ~。
続きまして、以前にも参ったことのある「甲斐国一宮浅間神社」へ。
一宮浅間神社は七五三で賑わっていましたよ。今回はこの神社の南方の神山の麓に鎮座する、創祀の地の山宮神社へ
参拝する予定なので、こちらもお参りしたのでした。(山宮神社は次回投稿)
前回この神社については詳しく投稿しましたので補足程度に。
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二の鳥居
鳥居と随神門の間で、なんか仮面ライダーのような方が待ち受けておられました(笑
七五三の子どもたちも大喜び^^
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随神門の随神像
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中央奥は一の鳥居
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拝殿前の「子持石」
この神社のhpによると「初宮詣(お宮参り)に拝する。」となっています。陰陽石に見えるんですけどね。。。
山梨は、あちこちで「石崇拝」が見受けられますね。いずれ掘り下げようと思っています。
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拝殿
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「第一宮」の扁額 歴史を感じさせます。
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「一宮浅間大明神」の扁額
名前が呼ばれて・・・これから七五三の御祈祷です。
ところで「七五三」についてちょこっと調べました。江戸時代からなんですねー。
七五三(しちごさん)
7歳、5歳、3歳の子どもの成長を祝う日本の年中行事であり、神社などで「七五三詣で」を行いご報告、感謝、祈願を行う
奉告祭。
由来
天和元年11月15日(1681年12月24日)に館林城主である徳川徳松(江戸幕府第5代将軍である徳川綱吉の長男)の健康を
祈って始まったとされる説が有力である。11月15日は、子供の成長を祝って神社・寺などに詣でる年中行事(神社庁による)。
現在では全国で盛んに行われているが、元来は関東圏における地方風俗であった。やがてこの儀は京都、大阪でも行われる
ようになり、だんだんと全国に広まっていった。by wikipedia
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ね・うし・とら・う・たつ・み・うま・ひつじ・さる・とり・いぬ・い>>>おお~、云えた(笑
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真貞社
伴直真貞公を御祭神に祀る境内末社。貞観6年富士山噴火の時の八代郡擬大領。社家の祖である。
伴真貞(ともの-まさだ)
平安時代前期の豪族。甲斐(山梨県)八代郡擬大領。貞観(じょうがん)7年(865)神がかりして「はやく神社をさだめ明神を
まつれ」との浅間明神の託宣をのべた。国司が卜筮(ぼくぜい)をしてもおなじ結果だったので祝(はふり)に任じられ,伴秋吉を
禰宜(ねぎ)として,神宮がたてられた。https://kotobank.jp/word/伴真貞-1095237より。
三代実録によれば、貞観六年五月二十五日、富士山の大噴火があり、これは、富士山を祀っていた駿河国浅間神社の神職の
怠慢であるとして、富士山北側にある甲斐国でも、浅間神を祀るべしと、貞観七年十二月九日、勅により甲斐国八代郡に
浅間明神の祠を建て官社とした。当時、八代郡では暴風や大雨などの天変地異が続き、伴直真貞の託宣により、甲斐国に
浅間明神を祀るべしとして、郡家の南に、伴直真貞を祝として祀ったが、まだ神意に叶わず、改めて立派な社殿を造営した。
また、山梨郡にも、八代郡と同様に浅間明神を祀ったともある。この三代実録の解釈に異説があり、式内・浅間神社の論社が
存在する。http://www.genbu.net/data/kai/kawaguti_title.htm?print=onより。
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神明社
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本殿脇と夫婦梅
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亀の松
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陰陽石と山宮神社遥拝所
この場所から東南約二キロ、神山の麓に鎮座する山宮神社は、当社の摂社であり、本宮でもあります。垂仁天皇の御代(二千年前)
に鎮座されました。
木花開耶姫命一柱が里宮である浅間神社に遷座されたました。 山宮神社本殿は、春日造、檜皮葺にして、国の重要文化財に指定されています。平成二十六年浅間神社鎮座一一五〇年記念事業
として四十年ぶりに檜皮葺屋根の御屋根替を執り行いました。 山中の御社で急坂もありますので、この場所からもお参りできるよう遥拝所を設けました。どうぞ神山を仰ぎお参りください。 *この建物は、平成二十六年、御屋根替工事の時に仮殿として使用したものであります。』
https://asama-jinja.blogspot.jp/2015/09/blog-post.html より。
というわけで、参拝後、遥拝所奥の神山の「山宮神社」へ向かいました。