「・15のライフレッスンbyキューブラーロス」カテゴリーからの投稿です。
周囲に起こる出来事が、その人にとって最悪であろうと最良であろうと、世界はその人
にレッスンをもたらすような方法で一定の営みを続けています。たとえ物事が悪い方向
に向かっていると思われる時でさえ、世界は人を幸福から遠ざけるものではなく、幸福
に近づけるような働きをしています。この世には神が対処できないような問題や状況は
存在しないのです。
人は矛盾の塊です。常に「もっと」を望みながら、一方では、在るがままの自分を受け
入れ愛そうとしています。自分が霊的な存在でもあることを知っていながら、世俗的な
経験が織り成す現実を受け入れようとしています。苦しむ一方で、苦しみを乗り越えよ
うとしています。喪失を経験しながら、永遠の愛を感じることもあります。人生に慣れ
きっていながら、それが永久に続くものではないことを知っています。その両極性に気
づいたとき、私たちは以前よりも幸福になります。宇宙の中の私たちという部分は常に、
そうは見えないかもしれませんが、見事にバランスを保っているのです。
宇宙のバランスに対処するためには、人生が昇進、結婚、退職、病気の回復といった大
きな節目をめぐって回転しているのではないということを理解しておく必要があります。
人生は大きな節目と節目の間でも回転し、展開しています。むしろ、学ぶ必要のある事
のほとんどは、人生の小さな出来事の中に見い出されるものなのです。
我々は何となく、真の「人生に生きる」瞬間の訪れを心待ちにしています。しかし、ど
んな些細な状況に対しても、際立った力量と思いやりと愛をもって、誠実に対処する事
の中にも幸福は見い出せるのです。人生のいちばん小さな側面や、ごく普通の事の中に
大きなもの、特別なものを見い出すことはできるのです。
幸福を見つけるためには、あるものを学び、あるものを捨てなければなりません。これ
まで身につけてきた方法とは180度違う方法で考えるように頭を訓練しなければなりませ
ん。否定的な思考法を捨てなければなりません。自ら忘れる訓練をしなければなりませ
ん。晴天の爽やかな日に自然の中を歩くときに幸福を感じるというだけでは訓練になり
ません。どんなときでも、とりわけ自分に不利な状況になったときでも、幸福を感じる
ようにする訓練です。
自分の行動パターンを見つけて欲しいのです。どんな行動をとっている時に幸福を感じ
るか、どんな行動が不幸をもたらすのか、自分に問いかけるのです。そして、自分の内
面にも外面にも変化を起こすのです。嫉妬を感じたときに幸福になれるのか?相手を怒
鳴ったり、痛烈に批判したときに幸福になれるのか?感謝をしたときはどうか?親切な
ふりをしたとき、幸福を感じるか?幸福上級コースを学びたいと思ったら、知らない人
に親切にする訓練をしよう。誰にも告げることなく、誰かに慈悲の行いをしよう。
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「悪い方向に向かっているときでさえ幸福に近づいている」・・・・この言葉を理解するには、
たくさんの経験を積まなければならないでしょう。悪い状態に置かれている、その渦中に
いるときなどに、「この経験が幸せに通じる」とは誰も思えない。感情的には無理でも、
落ちるところまで落ちれば、後は自然に上がるしかないと論理的に解釈することはできる
かもしれませんが・・・。
生きている間に起こる出来事は、大なり小なり全て自分自身にとって大切で大事なこと。
ほんのわずかな関わり(それは人だけでなく、自然や地球に対しても)でも真摯に向き合い、
思いやりと愛をもって対応すること。その行動する、対応する過程の中に(思いの中に)、
「幸せ」が見出せるのかもしれませんね。
今の時代はそうでもありませんが、高度成長期、団塊の世代、そして私の生きてきたバブル
の時代は競争社会でした。人と比べて、学歴を比べ、勤務先を比べ、家を持ち、車を持ち、
海外旅行をするのがステータスでした。大半の人たちはメディアに躍らせれ、それが「幸福」
だと刷り込まれてきました。これらの思考概念は、非常に粘着質で、取り除くのは容易では
ありません。意識的に都度都度、思考の方向修正を行わないと、いつまで経ってもその思考
から脱出することはできません。いわば、価値観を180℃変えなければならないのです。
以上で、「幸福のレッスン」は終了です。
いよいよ、次回で総括まとめ・・最終回です^^