内子町観光後、高知・桂浜を目指して走ります。国道379号線から国道380号線へ。13;30 途中、中黒岩「道の駅みかわ」で軽く昼食後、ひたすら走り続けて仁淀川へ出ました。しばらく走ると待望の高知県に入りました。高知県へ入るには初めてなんですよ。これで一都一道二府四十三県制覇!(笑)
さらにひたすら走ります。高知県内に入ると、国道33号線へ。途中グーグルナビ先生に翻弄(笑)されながら、仁淀川河口から太平洋に面した海沿いの道路を東へ。遂に15時半ごろ「桂浜」に到着。いや~八幡浜やら四万十経由などとんでもない、もし、そっちのルートを選らんでいたらの車中泊だったな(笑)。この日の走行距離は179キロ。大した観光地にも寄らないから300キロくらい走れるだろうと思ったのが甘かった。北海道のようにはいきませんな。内子町で土産屋の店主に聞いて判断して正解でしたわ。
「桂浜公園駐車場」に駐車して、桂浜を散策しました。
坂本龍馬像・正面
思いっきり逆行です(笑)。ダイヤモンド坂本龍馬像(笑)。
坂本龍馬像・背面
昭和3年5月27日午後2時,除幕式を行い姿を現した龍馬像。和服姿に懐手,ブーツ姿の龍馬は,はるか太平洋の彼方を見つめています。像の高さは5.3m,台座を含めた総高は13.5m。
坂本龍馬像 - 高知市公式ホームページ www.city.kochi.kochi.jp浜へ降りてみます。
お~、桂浜!!って感じですね。絵になります。
桂浜(かつらはま)は、高知県高知市浦戸に位置し太平洋に臨む海岸。土佐民謡「よさこい節」にも詠われ、そして太平洋を望んで立つ坂本龍馬の銅像がある浜辺は、高知を代表する名所の一つとして知られる。四国八十八景26番。
龍王岬(下龍頭岬)には竜王宮があり鳥居が立っている。桂浜の近くには、1591年(天正19年)長宗我部元親が北側の丘陵部に浦戸城を築き、一時この地が岡豊城に代わって土佐の中心地になった時期もあった。しかし、初代土佐藩主として土佐入りした山内一豊がこの地では手狭であると感じ、1603年(慶長8年)高知城を築いて移ったため浦戸城は廃城となった。現在は、坂本龍馬記念館・桂浜水族館・大町桂月記念碑などの文学碑等がある。坂本龍馬像は高知県の青年有志の募金活動により1928年5月に完成したものである[4]。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』最終更新 2022年6月19日 (日) 00:14
岬へ続く橋を渡ります。
海津見神社(竜王宮)
ご祭神;大綿津見神
江戸時代には勝浦浜村が独立していたが、いつの頃よりカツウラがカツラと転化し、月の名所であることから、月に生えると言われる桂の字が当てられ、桂浜となりました。
神社の更に上に展望台があります。
須崎方面
三羽の蝶がひらひらと舞っていたのが印象的でした。良い眺めです。
南方面
龍王宮(海津見神社) 龍王岬展望台
桂浜の南端、竜王岬(下竜頭岬)の岩場突端に鎮座する小さな社。大海津見神(おおわたつみのかみ)を祀り、漁師の妻が、夫の航海安全と大漁祈願する社です。その昔、夫が漁に出ると、妻たちは誘い合い、竜王宮の前で酒を酌み交わしたといわれています。
https://ameblo.jp/sakurazaka128/image-12290317696-13981195748.html様参照
その後、高知駅近くのビジネスホテルへ17時到着。
今夜のお宿・ホテルファースト
ホテルに着いて早々にホテル裏手に神社が鎮座していたので参拝。
鳥居の正面に神馬
高知八幡宮・拝殿 丸いのは土俵でしょうね。
包丁塚
恵美須神社
なんか憎めない可愛い寅さんですね。
隣接する神明宮
隣接する子守神社
高知八幡宮 歴史は鎌倉時代まで遡ります。明治の世になるまで、実は高知城(大高坂山)に在りました。高知八幡宮が明治四年八月十二日に高知城内大高坂山から現在の鎮座地(旧 山田町 現 はりまや町三丁目)へ遷座されてより、皇紀二千六百八十一年、令和三年、西暦二千二十一年を以て百五十年の佳節となります。
高知八幡宮 公式ホームページ|高知城内・城下の鎮守神 www.kochi-hachimangu.comさ~て、ホテルで飲食割引の地図をくれたので、それを頼りに晩御飯を食べに中心街方面へ。土曜日でしたがコロナの影響で人も少なかったですね。
単品であれこれ頼むより御前を頼んだ方が安上がりだろうということで土佐御前を^^
なんて貝だったかな。。。美味しかった^^
瀧嵐 日本酒 あっさりしていて美味しかったですよ。
予想通り、それ以上に美味しかったですわ。カツオのたたきは塩とみょうがと生にんにくで頂きます。部屋にはカラオケが置いてあって、かつては宴会場だったのでしょうね。
割烹旅館おおりや
割烹旅館 おおりや 土佐の高知にお越しのさいには、おおりや・希満里・庵宮をご指名いただけますようご案内申し上げます。 www.ooriya.co.jpリーズナブルだったし、コロナ前ならこの辺りの繁華街も相当賑わっていたんだろうなあ。土曜日でしたが人もまばらでしたね。20時ごろ宿に戻って早めに就寝。
ホテルの北を流れる江ノ口川
さて、翌日は8時にホテルを出発。四万十(厳密には四万十市と四万十町がある)に行きたかったのは綺麗な水の流れが見たかったのと、もう一つ、「沈下橋」も見たかったからでした。で、調べたら高知市内から西に流れる仁淀川にあるじゃないですか!これは行かなければ・・・ということで、まずは西方向へ。
ん?なんかやってる???ちょっとクルマを停めて歩いてみました。
日曜市
日曜日だったので朝市が出ていましたね。車を停めて少し歩いてみましたが、まあ、いろんなものを売っていました。すごく長い距離で驚きましたわ。調べたら結構歴史もあるんですね。
元禄3年(1690年)以来,300年以上の歴史を持つ土佐の日曜市。年始(1月1・2日)とよさこい祭り期間(8月10~12日)を除く毎週日曜日開催されています。午前6時頃から午後3時頃まで,高知のお城下追手筋において,全長約1kmにわたり,約300店が軒を並べています。新鮮な野菜や果物はもちろん,金物,打ち刃物,植木なども売られており,市民と県外からの観光客などもあわせると1日に約17000人が訪れる生活市です。
高知城が見えています(先を急ぐので高知城はパス)。
土佐電交通・路面電車ですよ。路面電車って響きがいいですよね~。
9時ごろ、旧加田キャンプ場を通り「名越屋沈下橋」へ。ちょうど高知仁淀ブルーライドというサイクリング大会が行われていたので係りの方にいろいろと伺いました。台風の時期などに年に数回沈下するようです。景色が一変するんでしょうね。そんな風景も見てみたいなあ。
おー!確かに沈下橋だ。
水の流れが透き通っていましたよ。
「名越屋沈下橋」
現在も住民の生活道として利用されており、仁淀川にある最下流の全長191mの沈下橋。
ところで沈下橋とは・・・高知県だけかと思ったらあちこちに・・。そういえば埼玉県坂戸市で観たことがあったのを思い出しました。
沈下橋(ちんかばし、ちんかきょう)は、河川を渡る橋の一種である。堤外地に設けられる橋で洪水時には橋面が水面下になる橋をいう[1]。1999年の高知県による調査によれば全国の一級河川及び支流には合計410か所の沈下橋があり、都道府県別に見ると、高知県(69か所)、大分県(68か所)、徳島県(56か所)、宮崎県(42か所)の順で多い[10]。一級水系以外も含めると、大分県では、合計212か所の沈下橋が確認されている(2007年8月6日現在)[11]。出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』最終更新 2022年9月3日 (土) 21:53